白球つれづれ~第30回・細川亨~
かつて球界では同一リーグのトレードは“御法度"とされてきた。チームの機密、情報が相手側に流失してしまうのを嫌うためだ。しかし、FA(フリーエージェント)制度の施行以来、このタブーは有名無実のものとなっていく。選手が他球団への移籍を希望すると、あとは名乗りを上げるチーム次第となり旧所属球団の「縛り」はなくなってしまった。
大物FAの裏で…
今季限りでの現役引退とコーチ就任の要請をソフトバンクから受けたがこれを拒否して選手として16年目の挑戦を決めた。年俸は1億円から80%ダウンの2000万円。背番号も27番から68番へ。これならソフトバンクでコーチになっていても変わらない待遇と思うが本人はあくまで現役続行にこだわったのだろう。
もちろん岸の加入は大幅な戦力アップに違いない。球団副会長の星野仙一が「15勝はノルマに近い」と語ったように先発投手陣の駒不足に泣くチームにとってエースの則本昴大と並ぶ存在の加入は大きい。だが個人的には細川の存在こそ興味深い。2000万円でチームを変えられるかも知れないからだ。
かけがえのない情報
冒頭で記したように同一リーグの、しかもチームの頭脳として活躍してきた捕手の流失は多くの波紋を呼ぶ。まず古巣の球団の情報が新たなチームにもたらされる。各選手の癖や意外な弱点。投球パターンもある。さらに楽天のことをソフトバンクではこう分析、対処していたという情報は自軍スコアラーが何年もかけて集めたものにも勝る。こうした「知的財産」が手に入るだけで相手側が今季以上にナーバスになってくれれば心理戦でも立場は逆転するわけだ。
細川自身、西武からソフトバンクに移籍する際に「(当時西武在籍の)中島や片岡の攻め方はわかっている」と豪語したが、それまで西武を苦手としていたチームは細川の加入を境にリーグ覇者へと昇りつめている。今季の楽天は対ソフトバンク戦で8勝16敗1分けと大敗。もし、これが5分以上に戦えたらBクラスからの脱却も見えてくる。
楽天の指揮官である梨田昌孝も捕手出身だけに細川を迎える意味を隠そうとしない。「情報をたくさん持っていると思うから、いろいろなことを教えてもらいたい」チームの主戦捕手は嶋基宏だが近年は故障もあってフル出場とはいかない。二番手の足立祐一以下はキャリアも浅くまだ全幅の信頼を置くには時間がかかる。こうしたチーム事情からも細川の加入は何重ものメリットを生む可能性は高い。
優勝請負人にかかる期待
同一リーグへの捕手の移籍では2002年、横浜から中日に移った谷繁元信が記憶に残る。今季途中に監督を事実上解任された谷繁だが名捕手としてチームをけん引。四度のリーグ優勝と一度の日本一(2007年はリーグ2位もクライマックスシリーズで巨人を破り日本シリーズも制した)の輝かしい戦績で監督の落合博満とともに黄金時代を作り上げた。
西武とソフトバンクで計6度の優勝経験を持つ細川。来季は37歳を迎える「優勝請負人」がプレーはもちろん、その頭脳でパリーグの地図をどう塗り替えていくのか? このベテランを侮ってはいけない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)