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悲願の日本一!逆境を力に変えた星野監督時代 -楽天の10年を振り返る (4)-

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球団創設9年目で日本一に輝き、星野監督の胴上げで喜ぶ田中将大(前列左から2人目)ら楽天ナイン=2013年11月3日・Kスタ宮城© KYODO NEWS IMAGES
 楽天がチーム創設10年目となった14年シーズンを最下位で終えた。前年のリーグ制覇&日本一からの転落劇であったが、これまで3位以外すべての順位を経験し、濃密な10シーズンを送ってきた。ここでは過去4監督の時代に別けながら、楽天の球団史を辿る。今回は4代目監督の星野仙一編。
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 星野仙一新監督の下、メジャー経験者の松井稼頭央や岩村明憲らを獲得し新たなスタートを切ろうとした矢先、東日本大震災に見舞われた。ここからチームは、選手会長・嶋基宏の「見せましょう、野球の底力を」の名スピーチを胸に刻み結束。震災の影響で開幕が4月12日までズレ込んだが、4月を9勝6敗と勝ち越し好スタートを切った。

 中でも若き右腕・田中将大が絶好調で、自身初登板となった4月15日のオリックス戦で2失点完投勝利。6月は4連勝で月間MVPに輝くと、7月と10月も3勝ずつを挙げ、リーグ史上初となる年間3度の月間MVPを受賞した。チームは66勝71敗7分でCS進出を逃したが、田中自身は19勝5敗、防御率1.27という圧巻の成績を残し、自身初の沢村賞にも選出された。

 12年は岩隈久志がメジャーに旅立ち、田中が名実ともにエースとして君臨。腰痛による約1カ月間の戦線離脱、さらに打線の無援護状態もあり白星こそ伸び悩んだが、それでも4年連続2ケタ勝利となる10勝に加え防御率も2年連続となる1点台(1.87)をマークし、チームも4位ながら67勝67敗10分の5割でシーズンを終えた。

 そして13年、アンドリュー・ジョーンズ、ケーシー・マギー、斎藤隆ら、元メジャーリーガーを次々と獲得し、躍進のシーズンを迎える。開幕投手は、WBCに派遣されていた田中に代わり新人の則本昂大が務め、敗れはしたが期待度の高さをうかがわせた。

 4月こそ負け越したものの、チームは5月以降ハイペースで白星を重ね、9月まで5カ月連続で勝ち越し。そして9月26日の西武戦に4-3で勝利し、球団創設9年目にして初のリーグ制覇を成し遂げた。またエースの田中が、シーズン24連勝という金字塔を打ち立て投手タイトルを総なめ。さらに前年からの連勝記録を28としたまま、翌年から活躍の場をアメリカに移した。

 チームは日本シリーズでも巨人を4勝3敗で下し初の日本一。最後はレギュラーシーズン同様、田中が胴上げ投手となり、MVPには2度の先発でトータル11回2/3を無失点に抑えた美馬学が選ばれた。

 同オフには、田中がポスティングシステムを利用しヤンキース入り。さらに打線の核を担っていたマギーもメジャー復帰のため退団と、投打の軸を失ったチームは再び苦しい戦いを強いられ、14年シーズンは64勝80敗と大きく負け越し、日本一の栄光から一転、再びリーグ最下位に転落した。

 星野監督は体調不良もあり今季限りでユニフォームを脱ぎ、すでに来季へ向けた大久保博元新体制もスタートしている。チームは来季創設11年目を迎えるが、再び最下位からの巻き返しに向け、5代目監督の手腕に期待したいところだ。

【チームデータ】
●チーム成績
2011年:5位(66勝71敗7分)
2012年:4位(67勝67敗10分)
2013年:1位(82勝59敗3分)※日本一
2014年:6位(64勝80敗)
●主要個人タイトル
2011年:田中(最多勝・最優秀防御率・沢村賞)
2012年:田中(最多奪三振)
2013年:田中(最多勝・最優秀・リーグMVP、沢村賞)、則本(新人王)
2014年:則本(最多奪三振)
●球場名
2011~13年:日本製紙クリネックススタジアム宮城(略称:Kスタ宮城)
2014年~:楽天Koboスタジアム宮城(略称:コボスタ宮城)
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