岩隈、田中、則本が楽天のエースとして活躍
今年で12年目のシーズンを迎えた東北楽天イーグルス。球団創設1年目のロッテとの開幕戦で勝利した楽天だが、翌日は0-26という記録的な敗戦を喫した。そして13年、東北のへの想いを胸に初優勝を飾った日。楽天は、創設12年の歴史の中で、大きな成長を遂げた。そしてその日々の中心には、いつも絶えることなく絶対的なエース右腕がいた。
04年に行なわれた分配ドラフトで、旧近鉄バッファローズから獲得した岩隈は、03年に15勝(10敗)、04年に15勝(2敗)と最高の状態で、創設1年目の新規球団楽天に入団した。
チームが打率.255(リーグ5位)失策79(リーグワーストタイ)という中、チームトップの9勝(15敗)を挙げ、チームが38 勝に終わった1年目のシーズンを開幕からエースとして引っ張った。
06年は1勝(2敗)、07年5勝(5敗)と、ルール変更により禁止された二段モーションのフォーム修正が遅れたこと、相次ぐ肩や背中の故障などにより、苦しいシーズンとなるが、08年にキャリアハイの21勝で最多勝に輝くと、翌09年は13勝(6敗)、10年は10勝(9敗)。創設から5年、まさに楽天に不可欠な初代エースとしての活躍を見せた。
07年には、田中将大が入団し、ルーキーイヤーからメジャー挑戦するまでの7年間で6度の二ケタ勝利。田中が楽天にとってどのような存在であったかは、もはや言うまでもない。岩隈がメジャー挑戦のために楽天を去った12年からは、2代目のエース右腕として君臨し、13年に24勝(0敗1セーブ)、チームの初リーグ制覇、日本一の紛れもない立役者となり、岩隈同様東北からメジャーへ巣立っていった。
田中のメジャー挑戦が現実味を帯びてきた13年、則本昂大が入団。ルーキーながら開幕投手を務めると、15勝(8敗)を挙げ、新人王にも輝き、田中なき翌年以降のエース候補として充分過ぎる活躍を見せた。翌年14勝(10敗)、3年目は10勝(11敗)で、かつ2年連続奪三振王として、今年まで入団以来4年連続開幕投手を任される活躍。楽天の3代目エース右腕は不動である。
則本は、侍ジャパンにも招集され、昨年の日米野球にも登板し、日本ハムの大谷翔平に負けず劣らず、メジャースカウトから熱視線を浴びている。将来的に、岩隈、田中と同じく東北からメジャーへ巣立つ3人目のエースになる日が来ることも充分にも考えられる。
将来のエース候補・安楽智大
そのあとを継ぐことを最も期待されているのは、2年目の安楽智大であろう。
14年、ドラフト1位で入団すると、15年のルーキーイヤーに初登板、初先発、6回無失点で初勝利を挙げた。今年もファーム4試合に登板し、1勝(0敗)という成績も、防御率2.45と安定している。
高校時代は最速157キロの剛腕として注目されたが、肘の故障などの影響もあり、持ち味のスピードボールは身を潜めていた。今年は150キロを越える直球も戻ってきており、本来の安楽らしさに加え、勝利のための投球術も身に付き始めてきていることは、安定した防御率にも表れている。
楽天のエース右腕。偉大な先輩に続くために、安楽はファームでじっくりと成長を続けている。