ロッテの関谷亮太が、21日のオリックス戦でプロ初先発を果たし、日大三高時代にエースと正捕手の間柄だった吉田裕太がマスクを被った。
捕手の吉田は日大三高卒業後、立正大に進み13年ドラフト2位でロッテに入団。一方の関谷は高校卒業後、明治大、JR東日本と進み、吉田に遅れて15年ドラフト2位でプロ入り。プロ入り後は練習試合などでバッテリーを組んだが、公式戦では高校時代の2009年以来7年ぶりだった。
関谷と吉田のようにアマチュア時代に同級生でバッテリーを組んでいた2人が、プロ入り後再び同じチームメイトとなったケースはあったのだろうか。
調べてみると、最近では北照高時代にバッテリーを組んでいた投手の又野知弥と捕手の西田明夫が当てはまる。2人は2010年のドラフトで、ヤクルトから西田が3位、又野が4位指名を受け入団。チームメイトになったが、又野がプロ入り後、野手に転向したこともあり、プロでバッテリーを組むことはなかった。
敦賀気比高でチームメイトだった内海哲也と李景一も、プロで再び同じユニフォームを着ている。李はドラフト8位で巨人へ入団し、内海は社会人の東京ガスを経て03年自由獲得枠で巨人へ入団した。内海が1年目のオフに捕手の李が戦力外通告を受け、一軍でのバッテリーは実現せず。
続いて大学を見てみると、須田幸太と細山田武史の早稲田大コンビが、プロでもバッテリーを組んでいる。捕手の細山田は大学卒業後にプロ入りしたのに対し、須田は社会人・JFE東日本を経て横浜へ入団。
須田がプロ初登板となった2011年4月22日の阪神戦で、細山田とコンビを組み、6回を投げ2失点に抑えた。その後も、何試合かバッテリーを組んだが、勝ちに恵まれなかった。
アマ時代チームメイトというくくりを外すと、横浜高時代にバッテリーを組んだ松坂大輔(ソフトバンク)、小山良男(元中日)、広陵時代の野村祐輔(広島)と小林誠司(巨人)などがともにプロ入りしているが、同じチームでプレーするというのは、あまりないようだ。
捕手の吉田は日大三高卒業後、立正大に進み13年ドラフト2位でロッテに入団。一方の関谷は高校卒業後、明治大、JR東日本と進み、吉田に遅れて15年ドラフト2位でプロ入り。プロ入り後は練習試合などでバッテリーを組んだが、公式戦では高校時代の2009年以来7年ぶりだった。
関谷と吉田のようにアマチュア時代に同級生でバッテリーを組んでいた2人が、プロ入り後再び同じチームメイトとなったケースはあったのだろうか。
調べてみると、最近では北照高時代にバッテリーを組んでいた投手の又野知弥と捕手の西田明夫が当てはまる。2人は2010年のドラフトで、ヤクルトから西田が3位、又野が4位指名を受け入団。チームメイトになったが、又野がプロ入り後、野手に転向したこともあり、プロでバッテリーを組むことはなかった。
敦賀気比高でチームメイトだった内海哲也と李景一も、プロで再び同じユニフォームを着ている。李はドラフト8位で巨人へ入団し、内海は社会人の東京ガスを経て03年自由獲得枠で巨人へ入団した。内海が1年目のオフに捕手の李が戦力外通告を受け、一軍でのバッテリーは実現せず。
続いて大学を見てみると、須田幸太と細山田武史の早稲田大コンビが、プロでもバッテリーを組んでいる。捕手の細山田は大学卒業後にプロ入りしたのに対し、須田は社会人・JFE東日本を経て横浜へ入団。
須田がプロ初登板となった2011年4月22日の阪神戦で、細山田とコンビを組み、6回を投げ2失点に抑えた。その後も、何試合かバッテリーを組んだが、勝ちに恵まれなかった。
アマ時代チームメイトというくくりを外すと、横浜高時代にバッテリーを組んだ松坂大輔(ソフトバンク)、小山良男(元中日)、広陵時代の野村祐輔(広島)と小林誠司(巨人)などがともにプロ入りしているが、同じチームでプレーするというのは、あまりないようだ。