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突然のトレード 告げられた選手の気持ちとは…

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日本ハムへと移籍した大田泰示(左)と公文克彦(右)、中央・栗山監督(C)KYODO NEWS IMAGES

衝撃を与えた“大型トレード”


 日本ハムの日本一で幕を閉じたプロ野球の2016年シーズン。そこからわずか数日後、ある出来事が球界に大きな衝撃を与えた。

 巨人と日本ハムの間でトレードが成立。大田泰示と吉川光夫という両軍の元ドラ1選手も含んだ2対2の大型トレードである。

 何の前触れもなく突然舞い込んでくる知らせに、現実を受け入れることができないファンもいることであろう。では、この時の“当の本人”の気持ちはどうなのだろうか...。

 今回は、過去にトレードによってヤクルトから日本ハムへと移籍した経験を持っている元プロ野球選手・増渕竜義氏に「トレード」について振り返ってもらい、語ってもらった。


僕もトレードで日本ハムへ


 トレードですよね。もしかすると意外かもしれませんが、ファンの皆様とほぼ同じかと思います。というのも、トレードされる選手の方も実は“驚きを隠せない”という状態なのです。

 あれは忘れもしない2014年――。今年もヤクルトで、優勝を目指して頑張ろうという開幕直後のことでした。

 ある日の練習中、何の前触れもなく球団スタッフの方に呼ばれた僕。そこでいきなり「球団事務所に行ってくれ」と伝えられました。

 あまりに突然なことだったので、「何か悪いことでもしたかな...?」と嫌な予感を抱きながら事務所へ向かっていたのを覚えています。 事務所に行くのは契約更改の時くらいなので、とにかく不安でしたね。

 事務所に到着して席につくと、すぐに言葉をかけられました。「日本ハムへトレードが決まった」。その瞬間というのは、頭が真っ白になったというか、一瞬なにも考えられなくなるほどの衝撃を覚えました。

 そして時間が立つにつれて不安は増幅していきます。新しいチーム、新しい環境に行くわけですが、ワクワク感などは微塵もありません。また、プロの世界へ連れてきてもらったヤクルトを離れるという寂しさも大きかったですね。


トレード発表のその後...


 球団からトレードの成立が正式に発表されると、すぐに引っ越しの準備がはじまります。僕の場合、「北海道は寒いんだろうな...」と、厚着をたくさん詰めたのがなつかしいです。

 引っ越しの際には、ほとんどの場合はまず移籍先の寮に入り、家探しをはじめることになるかと思います。北海道では何もかもが新鮮な感じがして、最初は嫌だったトレードも徐々にプラスに考えられるようになりました。

 まわりにいる選手や監督、コーチ、そしてスタッフ。新たな本拠地に新居、周辺の町並みなどなど...。新しい環境で野球ができることに対し、どんどん意欲が増してきます。

 新しい環境で自分はどう変わるのか。いや、どう変えていけるのか。不安が期待に変わっていく感じをうけました。


トレードは悲しいものではない!


 ファンの方の中には、トレードに対して良い印象を持っていない方もいると思います。

 日本では、どちらかというと「トレードで“出された”」という考え方が強く、選手の移動にあまり免疫がついていないということも、その要因のひとつかもしれません。

 しかし、実際にはそんなことはありません。僕の場合、ヤクルトは僕の将来のことを考え、僕を必要としている日本ハムへと送り出してくれた。とてもポジティブなものなのです。


 これは後から聞いた話ですが、トレードに対しては球団側も相当悩むそうです。選手の人生がかかっているというのはもちろんのこと、ここまで育ててきた選手をライバルチームに渡すことにもなるわけですから、まさに“断腸の思い”ですね。

 トレード移籍は僕にとって本当に良い経験になりましたし、選手にとってもチームにとってもプラスになるもの。これは自ら経験して改めて思いました。


▼ 増渕竜義・プロフィール
masubuchi

株式会社King Effect代表取締役。1988年5月3日生まれ、28歳。
同期に田中将大(ヤンキース)や前田健太(ドジャース)がいる“88世代”。
埼玉の公立校・鷲宮高校で1年生からエースとして活躍。甲子園出場経験はなし。
2006年の高校生ドラフトで西武とヤクルトから1位指名を受け、抽選の結果ヤクルトに入団。
2013年までの7年間で先発・中継ぎに活躍し、通算157試合に登板した。
2014年にはトレードで日本ハムへと移籍。2015年に現役を引退。

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