2011年9月22日、朝9時半のジャイアンツ球場。
目の前では、ソフトバンク三軍対巨人第2の二軍の練習試合が行われていた。当時、巨人第2の二軍と呼ばれていたチームは位置的にはほとんど三軍だ。しかも、台風の影響で中止になった前日分の試合がこの日にスライドし、急遽ダブルヘッダーが組まれていた。第1試合開始時間はなんと午前9時30分。プロ野球の試合を朝9時半から観るのは初めてかもしれないな、空席の目立つバックネット裏からそう思った。
観戦無料にも関わらず観客は試合開始時で20人弱。よく晴れた空の真下、ルーキーや若い育成選手達が大声を張り上げている。「なんか甲子園の地区予選みたいだな…」なんて声もスタンドからは聞こえてくる中、ソフトバンクの一際体格のいい選手が左打席に入った。
すると、いきなり見事な程の空振り。桁違いのスイングスピードにスタンドはどよめいた。その荒削りな背番号44が当時プロ1年目の柳田悠岐である。弾けるような身体能力にまだ技術が追いついていない印象。広島経済大学時代はキティちゃんのサンダルを履いて通学していた元ギャル男は、観客数十人のジャイアンツ球場で気持ち良さそうにフルスイングをかましていた。
あれから4年、いまやソフトバンクの大黒柱へと成長した柳田は2015年セ・パ交流戦でMVPに輝いた。18試合、打率429・5本塁打・10打点・5盗塁の好成績。横浜スタジアムの電光掲示板を破壊した特大の一発は今後も語り継がれていくことだろう。
昨年はオールスター戦と日米野球でダブルMVP受賞、オフには小久保裕紀の栄光の背番号9を託された。今季はここまで打率369・14本塁打・44打点・11盗塁。2002年の松井稼頭央以来となる3割・30本・30盗塁のトリプルスリー達成も充分狙える好成績だ。
柳田には将来的に「40本塁打・40盗塁」を期待したい。過去には、昨年までのボス秋山幸二が87年に43本塁打・38盗塁で本塁打王を獲得し、90年には35本塁打・51盗塁で盗塁王に輝いている。そのNPB史上最高の5ツールプレイヤーと称される秋山でさえ、40本・40盗塁には一度も届かなかった。
NPBでは過去にひとりも達成者がいない未知の領域。ちなみにMLBの左打者では、まだ筋肉の鎧を手に入れる前のバリー・ボンズが96年に42本塁打・40盗塁を記録した。
ギータとボンズ。今、柳田悠岐は「日本のバリー・ボンズ」に最も近い男である。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)