「だんだん消えて行くくらいなら、激しく燃え尽きた方がマシだ」
かつてカート・コバーンはそう書き記した。引き際の美学。どう始まり、いかに終わらせるのか?どんな天才アーティストも、希代の名選手でもいつか終わりの時がやってくる。
21日、中日ドラゴンズの小笠原道大が本拠地ナゴヤドームで引退試合に出場した。「5番一塁」で先発出場すると3打数1安打。第2打席に放った通算2020安打目は遊撃への内野安打。プロ初ヒットも内野安打、最後の一本も内野安打。これぞプロ19年間、愚直に貫き通したプレースタイル。暁星国際高校時代、通算本塁打0本。非力な劣等感を吹き飛ばすには、フルスイングと全力疾走しかなかった。
この日、中日と巨人の選手たちから胴上げされ、試合後セレモニーが終わってもグラウンド上の小笠原は最後まで笑っていた。涙なき笑顔の引退試合。すべてをやりきった、そんな表情の41歳。あの時もそうだ。13年6月5日、古巣日本ハムとの交流戦。2年ぶりの一発が自身3本目のサヨナラアーチ。「小笠原さん、すごい歓声ですね!」お立ち台で、興奮して噛みまくるインタビュアーに苦笑しながら、とことん予定調和を拒否する男の意地。涙を流すことも歓喜の絶叫をかますこともなく、よみうりランドに足を運んでくれたファンへの感謝の言葉を淡々と並べるいつものガッツ。
通算2120安打、378本塁打、生涯打率.310、セ・パ両リーグMVP獲得。偉大な数字が並ぶが、今季推定年俸4500万円は全盛期の約10分の1にまで落ちた。巨人在籍時、最後の2年間はイースタンで計200打席近く立っている。名球会打者が若手とともにファームで泥にまみれてプライドはないのかなんて余計なお世話だ。恐らく、彼にプライドはない。あるのは自信だけだ。俺は誰にも負けない練習をしてきたという自信。プライドがあったら、小笠原の選手生命は2年前に終わっていた。プライドなんかとっくに捨てたから、名古屋でもあれだけなりふり構わないフルスイングができたのだろう。
多くの野球ファンはガッツのフルスイングの向こう側に、勝敗を越えた何かを見た。大袈裟な書き方をすると、プロ野球の魅力そのものを見ていたのだ。だからこそ、日本ハム・巨人・中日と渡り歩いたすべての球団のファンから尊敬され愛されたのだろう。
偉大な過去にすがるのではなく、とことん今を生きた男・小笠原道大。
2015年、泣かないサムライは、笑顔でグラウンドを去った。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)