高校、大学と二度のチャンスにプロ志望届を出さず……
大混戦のセ・リーグは、ヤクルトが14年ぶりの優勝。3連覇中の巨人は2位を確定させ、CS進出がかかる3位を阪神と広島が争う。開幕前は優勝も狙えるとされた広島だが、いまひとつ波に乗れず。和田豊監督の退任が報じられた阪神を追いかける、崖っぷちの戦いが続いている。
その広島で、新人の昨季からショートを守るのが田中広輔だ。2014年度の新人王はチームメートの大瀬良大地に奪われたものの、大学、社会人を経た即戦力として期待に応えるプレーを披露。今季も開幕からショートを守り続けている。
東海大相模高では2年春の甲子園に出場。同学年の菅野智之(現・巨人)とともに、投打の柱として注目を集める存在となっていく。しかし、1学年下にスラッガー・大田泰示(現・巨人)を擁し、優勝候補の一角として臨んだ3年夏の神奈川県大会は準優勝。試合後、190センチ近い大田が泣き崩れるのを、170センチそこそこの田中がしっかり抱きとめる姿が印象的だった。
2007年秋のドラフト。「高校生BIG3」の中田翔(大阪桐蔭高→日本ハム)、唐川侑己(成田高→ロッテ)、佐藤由規(仙台育英高→ヤクルト)に、同じ神奈川県から横浜高校のショート・高浜卓也(阪神→ロッテ)が1位指名を受けた。田中にもプロという選択肢はあったはずだが、「親が大学には行っておけと言ったので、プロ志望届は出しませんでした」とのこと。なお、この年、丸佳浩(千葉経済大付高)が広島の3位(実質は2番目)指名を受け、先んじてプロの世界へ飛び込んでいる。
東海大に進学した田中だが、2年生からエース格となってドラフト候補と騒がれ続ける菅野とは、やや差がついてしまう。ようやく結果が出たのは、最終シーズンの4年秋。自身最高打率.375でリーグ首位打者を獲得し、10盗塁をマークした。しかし、ここでも、プロ志望届は提出せず。「監督と『これだけの成績を残せたらプロへ行っていい』という約束があったんです。それをクリアできなかったので」ということで、ずっとすすめられていた社会人に行くことを決めた。
2011年秋のドラフトは、巨人と日本ハムの1位指名を受けた菅野をはじめ、大学生選手が豊作といわれた。広島は野村祐輔(明治大)、菊池涼介(中京学院大)らを指名。4年秋にして伸び盛りの時期を迎えた田中は、JR東日本に入社した。
社会人での成長と経験を生かし、CS、そして、その先へ――
成長を続ける田中は、1年目からショートのレギュラーを獲得。安定した守備、パンチ力を兼ね備えた打撃、俊足を披露し、2012年の都市対抗では準優勝に貢献。新人賞にあたる「若獅子賞」を受賞した。なお、敢闘賞にあたる「久慈賞」を受賞したのは、同期入社の吉田一将(現・オリックス)だった。
シーズンオフには駅員業務にも就きながら、社会人ナンバーワン遊撃手へと成長を遂げ、2013年秋のドラフト3位で広島が指名。社会人野球の魅力を知り、「このまま社会人で終わってもいいかな」と思うこともあったそうだが、「完全にプロをあきらめたわけではなかったので、指名されて本当に嬉しかったです。ようやく、この世界に足を踏み入れることができる!と思いました」と振り返る。
プロ1年目の2014年は、3月29日の開幕第2戦でデビュー。110試合に出場し、打率.292、10盗塁、9本塁打。数字とともに評価されるべきは、8月、9月と2回も打球を食らう「顔面流血事件」に見舞われながら、短期間で復帰して試合に出続けたことだ。本人は「(首脳陣に)慌てるなとは言われましたけど、検査は異常なしでしたから。試合に出続けたおかげで、ホームラン9本も打てました」と笑顔で振り返ったが、並大抵のことではない。球歴はエリートながら、ど根性の持ち主である。
今季は「2年目のジンクス」なんのその。開幕戦から出場し、規定打席に到達して打率.275。ショートでの失策22はリーグ最下位だが、補殺はダントツ1位。失策は守備範囲が広がったことによる成長過程と見る向きもあり、評価は揺るぎない。
ペナントレース残り1試合で、3位の阪神とはゲーム差なし。1試合も落とせない状況だが、「負けたら終わりのトーナメント」社会人野球を経験してきた田中に、無駄な気負いはないだろう。まずは、CSの舞台、そして、その先へ――。高校でも大学でも、社会人でも届かなかった頂点へと、チームを押し上げていく。
文=平田美穂(ひらた・みほ)