コラム

シリーズの打率が4割超!“88世代”のドラ1、ソフトバンク・福田秀平の球歴とは?

「88世代」のドラフト1位が待望の大ブレーク!


 ソフトバンクvsヤクルト。両リーグ王者の対決となった2015年の日本シリーズは、年間90勝を挙げたソフトバンクがヤクルトを投打に圧倒し、4勝1敗で2年連続日本一を達成した。

 CSで大活躍した内川聖一を故障で欠いたが、そんなことを感じさせない戦いぶり。4番の座はシリーズMVPを獲得した李大浩が、外野の一角は福田秀平が埋めた。

 福田は、神奈川県横浜市出身。1989年2月生まれで、現在26歳。田中将大(ヤンキース)、前田健太(広島)、坂本勇人(巨人)らスターがそろう「88世代」の一人である。パ・リーグでは、シーズン最多216安打を放った秋山翔吾(西武)が、チーム内ではトリプルスリーを達成した柳田悠岐が同学年にあたる。

 高校球児だった父親の影響で野球を始め、小学校1年生で少年軟式野球チーム「藤ヶ丘ファイヤーズ」に入団。両打ちに取り組みはじめたのは5年生のとき。中学生になる頃には、左右どちらも変わりなく打てるようになっており、投手の左右によって打席を選んでいたという。

 横浜市立緑ヶ丘中学校に進学すると、東京の硬式クラブ「世田谷ボーイズ」に入団。主にショート、セカンドを守った。野球を手ほどきしてくれた父親は、息子の成長とともに両チームでコーチを務め、小・中学校の9年間、二人三脚の野球生活だったという。

 中学卒業後は、東京都西部にある多摩大学附属聖ヶ丘高校へ。選んだ理由は「大学に行けそうだと思ったから」。甲子園出場経験もない無名の高校だが、地道な努力を重ね、3年夏の西東京大会ではベスト4まで進出。準決勝で日大三高に2対10で敗れたものの、福田はホームランを放ち、さらにはリリーフのマウンドに立つという獅子奮迅の活躍をみせた。

 なお、この年の西東京代表となったのが、「ハンカチ王子」こと斎藤佑樹(現・日本ハム)を擁して全国制覇を成し遂げる早稲田実業である。

 2006年秋のドラフト会議は、高校生と大学・社会人に分けて行われた。甲子園を湧かせた選手たちが続々と1位指名を受ける中、大嶺祐太(八重山商工高→ロッテ)を抽選で外したソフトバンクの1位指名は、全国的にはまったく無名の福田秀平だった。

 “高校通算●本”といった目を見張る記録もなく、野球ファンの間で多く使われたネタは「多摩大聖ヶ丘といえば、ゴクミ(後藤久美子)の母校」だった。

 ドラフト後は入団交渉が順調に進み、「平成生まれのプロ野球選手第1号」に。当時の選手名鑑には「50メートル走6秒0、遠投110メートル、両打ちの大砲候補。三拍子そろった秋山幸二2世」とある。

「応援する側」から日本一に貢献する選手へ!


 入団後、3年間は二軍生活。一軍初出場は4年目、2010年4月30日のロッテ戦だった。初打席は5月12日の中日戦で三振。それでも、9月末まで一軍に帯同し、44試合に出場した。

 翌2011年はシーズン後半に台頭し、97試合に出場。「投手と捕手以外こなせる」という貴重な存在としてチームに貢献した。オフには年俸が950万円(推定)から2500万円(推定)にアップ。ドラ1がついにブレークかと思われた。

 しかし、左ヒザに慢性的な痛みを抱えており、6年目の2012年、63試合出場でシーズンを終えた11月に手術。長いリハビリ生活を経て、2013年夏に一軍復帰を果たした。ところが2014年8月、今度は右足大腿骨と左肩関節を手術。5年ぶりに一軍出場なしに終わり、昨年のリーグ優勝と日本シリーズ制覇を味わうことができなかった。

 迎えた今季は、5月の連休明けから一軍でプレー。スタメン出場の際は主に1番打者として、84試合出場した。CSでは先発出場なしだったが、日本シリーズで内川の代役に抜擢される。

 第1戦は、代打で登場してシリーズ初安打。第2戦からは「1番・右翼」として先発出場し、第2戦では、6回一死一、二塁の場面で、バットを折りながらライト前にタイムリー。「ランナーがいる場面で打ててよかったです。ランナーを返せてよかったです」と、「よかった」をくり返した。

 山田哲人の3打席連続本塁打により敗れた第3戦でも、1-2とリードされた2回に同点に追いつくライト前タイムリー。第4戦ではイニングの先頭打者として2度出塁し、それぞれ得点へとつなげた。第5戦は先発を外れたが、9回一死一塁で代打起用。送りバントを決めている。

 故障に泣いた昨年は、「勝ってほしいなと、応援する側にいました」という日本シリーズ。今年は「準備はいつもしています。やってきたことを出せればいいと思います」と臨み、堂々の打率.417。押しも押されもしない主力として勝利に貢献した。

 無名高校からのドラフト1位入団。長い二軍生活と故障に泣かされた日々――。幾多の苦労を経た先にたどり着いた、歓喜の日だった。
とはいえ、プロとしての実績はまだまだ。日本シリーズ最終戦でスタメンを外れたことに、悔しい思いもあるだろう。喜びに浸るのは短い間だけ。最強チームでのレギュラー獲得をめざす挑戦は、もうすぐに始まる。

文=平田美穂(ひらた・みほ)
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