王者を支えたセットアッパーは無名の育成選手だった
2015年のプロ野球で圧倒的な強さを示したソフトバンク。開催中の「世界野球WBSCプレミア12」日本代表には、4人の選手を送り込んでいる。球界を代表する選手が多くそろう現状に加え、育成システムも見事に機能している。
代表的な成功例が、セットアッパーの千賀滉大だ。155キロ超のストレートと、「お化けフォーク」と呼ばれる落差を持つフォークボールを投げ込む右腕は、2010年秋のドラフト育成4巡目。年俸270万円からスタートした無名の県立高校卒の投手が、日本シリーズの勝負所でも登板。チームを支える存在へと成長した。
千賀は1993年1月生まれの22歳、愛知県蒲郡(がまごおり)市出身。父親の影響で野球を始め、小学2年生で少年野球チーム「三谷東若葉」に入団。4年生からは「北部サニーボーイズ」でプレーしたという。蒲郡市立中部中学校では軟式野球部に所属。主に三塁手を務めていたそうだ。
中学卒業後は、甲子園出場経験もない愛知県立蒲郡高校へ進学。本格的に投手となった。1年からベンチ入りを果たすが、故障などで投げられない時期もあった。エースとなった3年夏の県大会は3回戦敗退。強豪ひしめく愛知県で、特に注目されることなく高校野球を終えた。ちなみに、この夏の愛知県代表は中京大中京高校。前年夏、堂林翔太(現・広島)とのバッテリーで全国制覇を成し遂げた捕手・磯村嘉孝(現・広島)が主将を務めていた。強豪私学として知られる愛工大名電高校には、俊足強打の外野手・谷口雄也(現・日本ハム)がいて、スカウトの注目を集めていた。
2010年秋のドラフト。ソフトバンクの1巡目指名は捕手・山下斐紹(習志野高)、2巡目は柳田悠岐(広島経済大)。育成での指名は6人で、4巡目の千賀は「下から3番目」の新入団選手。球団ホームページでは「最速143km/hの切れ味鋭い直球とスプリット、スライダーを操る本格派右腕」と紹介されている。地元広報誌によるインタビューでは、プロ野球選手としての夢を聞かれ「一軍の試合に出場することです」と謙虚さ全開。目標とする選手については、「左と右の違いはありますが、杉内俊哉投手、和田毅投手(いずれも、当時ソフトバンク)のように、先発で勝ち星をあげられる投手になりたいです」と答えている。
3年目の大ブレーク、そして、先発へのこだわり
1年目の2011年はウエスタンリーグでも登板せず、三軍で徹底的にトレーニング。夏には自己最速となる152キロをマークした。
2012年1月には、一流アスリートが集う合同自主トレに参加。体の使い方を学び、低めの球の伸びを実感したという。春のキャンプ途中から一軍に帯同し、4月に待望の支配下登録。プロ初登板は4月30日のロッテ戦。先発するも3回もたずに降板し、続く先発機会(5月11日のロッテ戦)では2回もたずに打ち込まれた。それでも、二軍ではローテーションを守り、21試合7勝3敗、防御率1.33。最優秀防御率に輝き「年間通して投げることができて、とても自信になりました」と振り返った。しかし、秋に右肩痛を発症。秋季キャンプ、プエルトリコでのウインターリーグへの参加を断念する事態に「クビになって引退かも……」とまで思い詰めたという。
怯えながら休ませた肩は無事に復活し、3年目の2013年、セットアッパーとして大ブレークを迎える。4月11日のオリックス戦では155キロをマーク。ベテラン捕手・細川亨が「ボールが消えるなんて初めて」と驚いた落差の「お化けフォーク」も冴えた。終わってみれば、チーム2位の51試合登板。34回3分の1イニング連続無失点に、オールスターでは2回5奪三振で敢闘賞。9月頭に左脇腹の肉離れで戦線離脱したが、十分すぎる活躍だった。オフの契約更改では、年俸650万円から2650万円増の3300万円(金額は推定)で一発サイン。「信じられません」という素直な気持ちに加え、先発転向を訴えたことを明かした。
満を持して迎えた4年目の2014年。春のキャンプは自身初の一軍スタートも、調整不足とされて降格。開幕は二軍で迎えた。一軍で19試合に登板したが、いずれも中継ぎでの起用。6月中旬には右肩違和感により登録抹消となり、12月下旬までの約半年間、投球練習すらできない日々を送った。
5年目の今季はほとんどを二軍で過ごし、ウエスタンリーグで16試合9勝2敗。イニング数より多い96奪三振をマークした。終盤に一軍昇格を果たすと、「先発にこだわりはありますが、力になれるところで」とキッパリ。CS、日本シリーズの大事な場面で剛腕を披露した。日本シリーズ第3戦では、2打席連続本塁打の山田哲人と真っ向勝負。148キロの内角ストレートを左翼席に叩き込まれ、3打席連続本塁打の偉業を許したが、「2013年に体験した4連敗に比べたら、大したことはない」と切り替えたという。翌日の第4戦では7回からの2イニングを完璧に抑え、王手となる3勝目に貢献。日本一の美酒を味わった。
和田毅の復帰が決まり、先発枠の争いがますます激しくなるソフトバンク。セットアッパーとして実績を重ねた千賀は、それでも先発にこだわり続けるのだろうか。しかしながら、来季でプロ6年目といっても、まだ20代前半。適正を定めてしまうのは、もしかしたら早すぎるのかもしれない。無名の高校球児がプロのマウンドで大活躍するように、未来のことは誰にもわからないのだから。
文=平田美穂(ひらた・みほ)