「白球つれづれ」~第3回・川崎宗則~
前田健太が新天地のドジャースで初先発・初勝利を記録。おまけに強打者顔負けの一発を左翼スタンドに叩き込む離れ業つきだ。
日本はもとより全米を興奮の渦に巻き込んだその頃、34歳のマイナーリーガーはアイオワ州デモインという片田舎で白球を追いかけていた。
川崎宗則――。踏まれても踏まれても芽を出してくる雑草のような生き様は、前田が光なら影のような存在かも知れない。だがこの男、何よりファンに愛され、チームメートと固い絆で結ばれている。
可能性がある限り、アメリカで生きていく
ナショナルリーグ中地区の名門・カブスに今季から移籍した。オープン戦では.367というハイアベレージを記録したが、優勝候補の内野陣の壁は厚く、今年もまたマイナーからのスタートになった。
日本のソフトバンク時代は不動のレギュラーで、最高年俸は2億5000万円。チームリーダーとしての評価も高く、将来の幹部候補生と期待されていた。
それが2012年に海外挑戦を決断してからというもの、マリナーズからブルージェイズと渡り歩くがすべてマイナー契約。年俸は65万ドル程度で、日本円に換算すれば7000万円弱と言ったところか。
メジャーで活躍する主力なら30億、40億円のサラリーも珍しくないが、マイナーでは待遇から稼ぎまで天と地ほどの開きがある。
2年前、古巣のソフトバンク・王球団会長から直々に古巣復帰の打診をされている。あるテレビ番組で、王会長は米国の10倍の年俸を提示したことを明かしたが、それでも川崎は首を縦に振ることはなかった。
世界が認めた“ムードメーカー”
突然の吉報は、開幕直後に舞い込んだ。メジャーへの昇格だ。左翼手のレギュラーを張っていた期待の若手・シュワーバーが左膝の靱帯断裂の大けがを負い、これに伴う措置ではあるが、川崎を指名した名将・マドン監督の言葉が興味深い。
「チームの痛みを癒してくれるのはカワサキしかいない」。
3A・アイオアからカブスの遠征先であるアリゾナまで2200キロの長旅の疲れも見せず、チームに合流したのは開幕からわずか4日後のこと。
元気印のムードメーカー。川崎を語るとき、プレーよりもその人間性がしばしば取り上げられる。
マイクパフォーマンスや奇妙なダンスで笑いをとる。支離滅裂な英語でもお構いなく話しかける。ついにトロント時代の昨年には、中古車のラジオCMにまで起用された。
だが、それだけで指揮官はこの男をメジャーに引き上げるだろうか?
チームに欠かせないピース
多くの日本人メジャーリーガーが通訳や専属のトレーナーまで連れていくのに対し、川崎は一人でチームメートの懐に飛び込んでいく。「垣根」がないから同僚たちも受け入れやすい。
さらに人一倍の練習の虫。控えに甘んじても決して腐ることなく、ベンチで大声を張り上げる。年俸も待遇も関係なしに、真摯にベースボールと向き合う。まるで“野球少年”のような生き様が、チームには欠かせないピースとなっているのだろう。
「彼は楽しむのが好きな男だが、仕事に集中する時がいつかも知っている。チームにとって今シーズンの中で重要な選手になるだろう」。
メジャーきっての名将・マドン監督の川崎評だ。
主力の故障者が戻ってくれば、再びマイナーへ戻る時もやってくる。それでも焦らず、腐らずに自分の道を信じてやるだけ。「不思議な人気者」の5年目のメジャー生活は、始まったばかりだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)