白球つれづれ~第18回・杉村繁~
「打高投低」の夏到来である。梅雨明けと同時に猛暑がやってくると野球界では投打の関係が逆転するのが常だ。春先は投手の球威が勝っても夏になるにしたがって疲労の蓄積と相手側の研究が進むことによって打者が優位になってくる。ここへ来てセパ共に2ケタ得点の乱打戦が多くなっているのも無縁ではない。
中でも注目を集めているのがセ・リーグのバットマンレースだ。ヤクルトの山田哲人が打率、打点、本塁打の三冠ばかりか打撃部門の6冠を総なめの勢いだったが、先月に入るとDeNAの筒香嘉智が大爆発。月間16ホーマーの量産で山田を抜くと他の部門も肉薄してきた。現時点では24歳同士(筒香は11月で25歳)の球界を代表する若きスラッガーの勝負の行方も目が離せない。
この二人の成長を近くで見守ってきた男がいる。ヤクルトの打撃コーチ・杉村繁。筒香が入団当時にはDeNAの打撃コーチとして成長を見守り、今では山田の師匠として日々ともに汗を流している。
今や打撃の部門では「日本一の名伯楽」と言っても過言ではない。何せ教え子たちの活躍は目を見張るものがある。2000年から8年間務めた第1期のヤクルト時代には青木宣親(現米大リーグ・マリナーズ)を。次いでDeNA時代には内川聖一(現ソフトバンク)を熱烈指導。そして再びヤクルトに戻ると山田だけでなく川端慎吾や畠山和洋をタイトルホルダーに育てて昨年の日本一の陰の立役者になった。
これまでの打撃の名コーチと言えば中西太や山内一弘、もっと古くなら王貞治を育てた荒川博や最近なら現在の広島打線を強化した内田順三(現巨人)らの名前が浮かぶ。彼らと杉村との違いは現役時代の実績だ。前者たちがプロの世界で成功した男たちに対して杉村は大きな挫折を経験している。
高知高校時代は「土佐の怪童」と呼ばれ1975年にドラフト1位でスワローズに入団。同年春のセンバツ大会では原辰徳のいる東海大相模との決勝戦で勝負を決する三塁打を放ち「東の原、西の杉村」と並び称された。しかし、プロの世界では故障も手伝って不本意なまま11年間の現役生活を終える。この間の成績は449試合で打率.228、4本塁打、46打点。一度はユニホームを脱いで球団の広報などの裏方生活に回っている。
夢への伴走者
「ともかく人間性がすばらしい。(鳴り物入りで入団して)その後の苦労があったから今に生かされているのでは。山田とはその情熱がうまくマッチしたのでしょう」と語るのはヤクルトでチームメイトだった栗山英樹日本ハム監督。
誰からも愛される人柄に加えて、自分が果たせなかったプロでの夢を叶えるため、その指導に妥協はない。大きな特徴は現在では11種類にバージョンアップした独特のティー打撃にある。打者に向かって放たれるボールは緩急、高低はもとより時にはワンバウンドも加えて変化に富んでいる。要は正しい体勢から崩されたときにもいかに軸足から体重移動をして最短の軌道でバットを振り抜けるか?
内川の時も山田との指導もスタートは「どんな打者になりたいの?」という会話から始まっている。押し付けるのではなく夢への伴走者となる。「ホームランの打てる打者になりたい」という山田とのマンツーマン指導はもう三年以上になった。
「青木にしても内川にしても別にオレは何もしていないよ。“杉さんのおかげ"と言ってくれるのは有り難いけど全部彼らがやったこと。地道に細かいことを継続してやった結果が大きな成果になったんじゃないかな?まさに継続は力なりだね」杉村は評論家時代の自らのコラムでこう語っている。
山田との二人三脚の旅はすでに球界でも未知のレベルに向かっている。昨年は柳田悠岐(ソフトバンク)とのトリプルスリー。今季は筒香という最高のライバルとしのぎを削り、最終的にはどんな結末を迎えるのか?「名伯楽」にもまだまだ寝苦しい日々は続きそうだ。
文=荒川和夫(あらかわかずお)