コラム

7年連続50試合以上登板を達成!―「タフネス・サウスポー」宮西尚生(日本ハム)

入団以来「50試合以上登板」を続ける中継ぎ左腕


 首位を争うソフトバンクとオリックスからは離されながらも、4位の西武には差をつけ、CS進出圏内の3位をキープしている日本ハム。ここから首位争いに絡むのは厳しいとして、短期決戦のCSを勝ち抜く術は知っているだけに、秋以降の戦いぶりから目が離せない。

 3位を死守するため、短期決戦のCSを勝ち抜くため、欠かせない存在の一人が中継ぎ左腕・宮西尚生だ。セットポジションからゆったりと始動し、打者に一度背中を向けるようにして、サイドから鋭い球を投げ込む。左右打者を苦にせず、新人の2008年から今季まで「7年連続50試合以上登板」を達成。それでも故障知らずのタフネスさは、チーム関係者はもちろん、球界OB投手からの評価も高い。

 宮西は1985年6月生まれ、兵庫県尼崎市出身。尼崎市立立花南小学校に入学すると、学童野球「立花ドリーム」に入団。3年生からピッチャーとなった。尼崎市立立花中学校時代は、硬式クラブ「尼崎ボーイズ」でプレー。全国大会の兵庫県予選準優勝、各ローカル大会での優勝、準優勝といった記録が残っている。なお、1学年下には伊原正樹(現・オリックス)がいた。

 中学卒業後は、地元の強豪・市立尼崎高校へ。監督を務めていたのは元プロ投手の竹本修氏で、1学年上には同じ左腕の金刃憲人(現・楽天)。甲子園には手が届かなかったものの、投手として非常に恵まれた環境で練習を重ねていたようだ。


FA権取得選手の当たり年! その動向は……!?


 高校卒業後に選んだ進路は、関西学院大学。3年時に監督となった清水正輝氏は、ドラフト指名されたこともある元投手(1967年、西鉄に指名されるも拒否)。バッテリーを組んでいた1学年上の捕手に清水誉(現・阪神)、同期には荻野貴司(現・ロッテ)がいるなど、またしても人に恵まれる4年間を過ごす。

 1年秋に公式戦デビューすると、2年春には48回3分の1無失点のリーグ新記録を樹立。「大学野球で2ケタ奪三振は難しいが、平気で成し遂げる」「右打者からも空振りを奪えるキレ味鋭いスライダーは、中日の岩瀬仁紀投手とダブる」という清水氏のコメントは、現在の姿につながる。

 本人が転機として語ったのが、大学3年を迎える頃に味わったスランプ。4年春のキャンプで一からフォームを見直すことを決意し、「軸足にしっかり体重を乗せ、テークバックを小さく、前を大きくするイメージで、5割の力で投げる」をくり返した。その結果、球速アップに加えて球の回転がよくなり、球威で押せるように。「これが力まずに投げるってことか!」と感触をつかんだという。なお、大学時代の宮西はスリークオーターで、現在より上の位置から投げていた。それでも、本人が挙げた4つのポイントは、変わらずあるように思う。

 全国大会には出場できなかったが、日本代表に選ばれ国際大会も経験。野球専門誌のドラフト特集号では「好調時は145キロ前後の速球とスライダーを軸に炎のピッチング。熱く燃えても頭の芯は冷えている」と写真入りで紹介されるまでになった。迎えた秋の大学・社会人ドラフトでは、3巡目で日本ハムが指名。1巡目が多田野数人(3Aサクラメント)、2巡目選択権なしの3巡目で、実質2番目の評価だった。

 プロの世界に入ると、中継ぎとして1年目から50試合に登板。防御率4.37は2年目には2.89と向上し、昨年まで1~2点台前半でまとめている。計算できる左の中継ぎとして、絶対的に欠かせない存在だ。

 8月19日にはFA権を取得。権利取得まで8年だったのが、制度変更により6年に短縮された適用第1号となった。今年は、平野佳久(オリックス)、成瀬善久(ロッテ)、能見篤史(阪神)、山井大介(中日)、炭谷銀仁朗(西武)、細川亨(ソフトバンク)など、各球団の主力選手がFA権を取得する「当たり年」。オフには激しい争奪戦が予想される中、日本ハムは宮西に対し、複数年契約を視野に入れて慰留するというニュースが流れた。

 本人は、「ここまで育ててくれた球団に感謝しています。(FA権行使について)いまは何も考えていません。シーズンに集中したいです」とコメント。翌日の楽天戦は、1回を打者3人で抑えてみせた。

 まずは、CS進出。そして、昨季最下位からの日本一へ――。鉄腕の登板数は、まだまだ伸びていきそうだ。

文=平田美穂(ひらた・みほ)
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