外野守備への意識に感じた高いプロ意識
10月3日、オリックスの本拠地最終戦は、プロ19年目の功労者の引退試合になった。
谷佳知、42歳。世間的には「ヤワラちゃん(谷亮子氏)の夫」として知られるが、野球ファンにとっては「谷の妻がヤワラちゃん」と胸を張って言いたくなるような名プレーヤーだった。
通算2000本安打という記録が目の前に迫っていたとはいえ、巨人に在籍していた2010年以降は事実上の控え格。ここ3年ほどは、ほとんど二軍暮らしだった。ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞4回受賞。本来、これだけの実績を持った選手がベンチにいたら、若手選手は萎縮し、首脳陣は扱いづらさを覚えるに違いない。それでも谷がチームから求められ続けたのは、卓越した技術以上に、どんな役割を与えられても文句を言わずに受け入れる、高いプロ意識があったからだろう。
かつて谷に「外野守備」についてインタビューした際、印象的だったことがある。谷はプロにおけるレフト、センター、ライト、それぞれのポジションに飛んでくる打球の質の違いについて細かく語ってくれた。特にレフトは強打者の強烈なラインドライブのかかった打球が多く、慣れないと捕りにくいという。
そこで「でも、プロの外野手は『3つのポジションどこでも守れて当たり前』という目で見られますよね?」と聞いてみた。こちらとしては、「そうなんですよ」「そう見られるとしんどいんですよね」といった反応を予想していたのだが、谷はキッパリと「プロですから。『練習すればできて当たり前』という、いい意味で強い自負を持っています」と答えた。外野手としての矜持を感じた一言だった。
あのイチローと田口を動かしていた!
オリックス入団1年目の1997年から4年間は、レフト・田口壮、センター・谷佳知、ライト・イチロー(現・マーリンズ)という、球史に残る鉄壁の外野陣を形成した。年齢は田口が3学年上の先輩で、イチローは1学年下とはいえ、プロでの実績は圧倒的な差があった。そんなふたりに挟まれ、さぞプレッシャーがあったに違いない。しかし、当時のオリックス外野陣は、実は谷がすべてのポジショニングを決めていたのだ。
「僕がいたオリックスと巨人は、センターがポジショニングの指示を出す決まりだったので。センター中心でやらないと、スペースが大きく空いてしまいますからね。プロではパッターごとの打球方向のデータがすべて出るので、なるべくそのデータに合わせて動くようにしています。レフトやライトが勝手に判断してポジションを変えることは、ありえないです」
あのイチローと田口を、自分が動かしていた……。そんなことを自慢するでもなく、淡々と語るのが、谷佳知という選手だったのだ。こうした飾らない一面も、谷が愛された要因の一つだったに違いない。
2000本安打達成に、あと72本まで肉薄しての引退だが「悔しさは全然ない」とコメントした谷。これからは指導者として、球界で請われ続ける存在になっていくのだろう。
文=菊地高弘(きくち・たかひろ)