爆発的な歓声と熱狂。その男が登場しただけで、東京ドームの空気が一瞬にして変わる。
阪神とのCSファーストステージ第1戦、最後に試合を決めたのはやはり代打・高橋由伸だった。延長10回、押し出し四球を選びサヨナラ勝ち。40歳6カ月、ポストシーズンで巨人の40代勝利打点は球団初の快挙である。
今季の代打成績は47試合で38打数15安打の打率.395、9打点。なんと出塁率は.489を誇る。2戦目はチームは敗れたものの9回裏に代打で登場すると右中間を破る二塁打。3戦目の出番はなかったものの巨人が勝利し、ヤクルトの待つCSファイナルステージに進出。20年近く前、慶応大学のスラッガーとして神宮球場を沸かせたこの男のバットに期待が懸かる。
早いもので、プリンスと呼ばれた男も40歳。98年ルーキーイヤーに打率3割をクリアし、2年目には3割・30本塁打をマーク。外野守備でも入団から6年連続でのゴールデングラブ賞受賞。90年代中盤に生まれた大谷翔平(日本ハム)や松井裕樹(楽天)が幼少の頃の憧れの選手として口にするは、あの頃の背番号24だ。
まだ巨人戦が地上派で全試合放送されていた時代、テレビを付けたらいつもそこにいたのは地上派中継最後のスーパースター。ペプシコーラのテレビCMに抜擢されるような巨人の選手は今後しばらく現れないだろう。オヤジ達のお気に入りがミスターの愛弟子・松井秀喜なら、子ども達のヒーローは高橋由伸だった。
07年には1番打者として年間9本の初回先頭打者本塁打を含む自身最多の35本塁打。09年に腰の手術を受けるが、その後復活し13年には規定打席不足ながらも打率.303&OPS.950を記録した。そして、昨年の代打での17打点は両リーグトップ。今季からは球団25年振りの兼任打撃コーチに就任。18年目のシーズンも40歳の代打の切り札としてチームに君臨し続けている。
2015年、小笠原道大や谷佳知、同級生の高橋尚成が相次いで現役引退。ともに巨人の一時代を支えた面々が最後には他球団で引退セレモニー。桑田、二岡、清水、仁志といった懐かしのスターも、みんな最後は巨人以外のユニフォームで現役生活を終えている。今世紀、チームの生え抜き選手で、40歳を過ぎて巨人で現役を続けた選手はひとりもいない。そして、誰もいなくなり、ヨシノブだけが残ったのだ。
不惑の天才バッター、高橋由伸。
21世紀に入り、プロ野球界や巨人を取り巻く環境は大きく変わった。
だけど、東京ドームに行けば、そこには今も変わらず背番号24がいる。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)