現役時代のボンズの凄さとは…
イチローが所属するマーリンズの打撃コーチにメジャー通算762本塁打を誇るバリー・ボンズ氏の就任が発表された。2001年にシーズン記録の73本塁打を放つなどメジャー史上“最強打者”とも呼ばれるボンズ。しかし現役時代に薬物使用の疑いをかけられていたこともあり、コーチとして球界に復帰することに驚きの声もあがった。
薬物使用疑惑の話はいったんトピックから外し、ボンズが残した数々の“スゴい記録”を振り返ってみよう。
史上最多7度のMVP選出(1990、92、93、2001~2004年)…パイレーツ時代に2度、ジャイアンツ時代には実に5度受賞している。次に多い選手がミッキー・マントルやアレックス・ロドリゲスなど9人で半分にも及ばない3度受賞である。本塁打記録と並び、この記録も永遠に破られることはないだろう。
トリプルスリー(1990、1992、1996年)…日本では今年の年間流行語大賞にも選ばれた「3割」「30本」「30盗塁」を3回達成している。1996年は42本塁打、40盗塁を記録。いわゆる「40-40クラブ」(1996年)はメジャー史上4人しか達成していない(他はホセ・カンセコ、アレックス・ロドリゲス、アルフォンソ・ソリアーノ)。
シーズン最多四球(2004年)…この年、ボンズは147試合に出場、打率.362、45本塁打、101打点を挙げた。三振の数は本塁打より少ない41個。さらに四球の数は232個に上った(1試合平均1.58)。うち敬遠が120個と半数以上を占めた。またこの年の出塁率は.609に達し、1試合に5回打席が回ってきたとして3度以上出塁という信じられない率を残している。
本塁打王(1993、2001年)…2001年はシーズン記録の73本塁打を放った年だが、それ以外だと1993年に46本塁打でHRキングを取っている。しかしボンズがホームランのタイトルを獲得したのはこの2回だけだった。イメージ的には5~6回はHRキングに輝いていそうだが、2位が5度(1992、1996、2000、2002、2003年)あり、本塁打王争いには弱かったようだ。
ワールドシリーズ制覇0回…数少ないボンズの弱点がポストシーズンでの打撃だ。パイレーツ時代に3年連続地区優勝を果たしたが、計20試合で.191、1本、3打点と低迷し、チームは一度もワールドシリーズに進出できなかった。ジャイアンツ移籍後は4度ポストシーズンに出場したが、うち3度は地区シリーズで敗退。唯一ワールドシリーズに進出した2002年も大舞台でエンゼルスに3勝4敗で敗退している。ポストシーズンは通算48試合で.245、9本、24打点だが、得点圏打率は.188とチャンスで一本が出ず、世界一を経験しないまま現役を終えた。
今回マーリンズの打撃コーチに就任したのも、現役時代に成し遂げられなかった世界一の美酒を味わいたいという思いもあるだろう。指導者として未知数な部分は多いが、若い打者が多いチームでスタントンに続く大砲を育成することに期待がかかる。もしできなければ、「代打・ボンズ」なんていうことも、本人は考えているのかもしれない…。