「誰よりもぶちかませ」…かつての満塁男の苦悩
背番号10・大松尚逸が左バッターボックスに入る。すると、ライトスタンドの一部でロッテファンが虫取り用の網を掲げ、大松に声援を送る。
それは「ここまでボールを飛ばせ!」というファンの気持ちを表したもの。数年前の千葉マリン(現QVCマリン)ではよく見られた光景だった。
東海大時代、左の長距離打者として注目を浴びた大松。2004年のドラフト会議でロッテから3位指名を受け、プロの門を叩いた。
1年目のシーズンは主に二軍でプレーも、14本塁打をマーク。ルーキーながらチームのファーム日本一に貢献する。
この年、イースタンリーグの本塁打王となった同期・竹原直隆とともに、将来の「和製大砲」候補としてファンからの期待を集めた。
翌2006年、4月15日の西武戦でプロ初出場を果たすと、プロ初安打を逆転満塁本塁打で飾る鮮烈なデビューを飾った。後に「満塁男」と呼ばれる片鱗を、この時から見せつけていた。
プロ4年目の2008年には主に5番打者を任され、チーム最多の24本塁打でブレーク。そのうち3本は満塁本塁打と、勝負強い打撃が光った。この年は初の規定打席到達にオールスター出場、月間MVPの獲得と飛躍のシーズンとなった。
さらに翌2009年も19本塁打を放ち、ロッテ打線にとって欠かせない存在へと成長を遂げた。
「今秘めた闘志込めて」…復活を期す34歳のシーズン
しかし、2011年を境に大松のバッティングは下降の一途をたどる。
打撃不振のため二軍に降格。その後、一軍へ戻り4番に座った6月11日の広島戦で満塁弾を放ち、復活を印象付けるも、結局のところわずか2本塁打と精彩を欠いた。
その間にチームでは角中勝也がレギュラーへと定着。岡田幸文や伊志嶺翔大といった外野手の台頭もあり、翌年からはファーストへ転向することとなった。
2013年以降は出場機会が減り、持ち味である長打力も影を潜めていった。それでも2014年、4月10日のオリックス戦で2年ぶりとなる本塁打を打つと、25日の日本ハム戦では本塁打を含む3打点。ついに「大松復活か!?」と思われたが、その後は続かなかった。
昨年も一軍定着後の最少となるわずか18試合の出場に終わり、いまや「崖っぷち」に立たされている。
ファンが期待する左の大砲は今年でもう12年目のシーズンを迎え、6月の誕生日で34歳を迎える。
石垣島キャンプの紅白戦では、二軍チームとはいえ4番を任されるなど、チーム内からの期待も見て取れる。
同じチームには井口資仁や福浦和也、サブローといった大松よりも年上の選手たちが現役で頑張り続けているだけに、大松もまだまだ終われない。
熱心なファンは大松を「世界遺産」と呼び、その復活を期待する声も多い。QVCマリンのライトスタンドに再び虫取り網を持ったファンの姿を呼び戻すべく、大松はバットを振り続ける。