コラム

“同姓同名”ならではの苦悩と、それを乗り越える力…西武ドラ6・本田圭佑の挑戦

「本田選手を超えられる存在に」


 その名を知らぬ者などいるのだろうか。

 日本サッカー界を牽引し、ビッグマウスで周囲を驚かせ、圧倒的な努力で無謀と思える壁を突破、有言実行を果たしてみせる。数年前には想像することさえ憚られた欧州の超強豪クラブ・ACミランで10番を背負うその男の名は、本田圭佑。

 その一挙手一投足がメディアの関心をさらう存在であり、今や日本が世界に誇れる偉大な男と言っても過言ではない。

 そんな偉大な男と同じ姓名を持つのが、西武のドラフト6位ルーキー・本田圭佑だ。

 東北学院大時代には仙台6大学リーグで通算15勝7敗を記録。179センチ、82キロの体から最速147キロのキレのある直球を投げ込む右腕は、「本田選手を超えられる存在になれれば」と話す。


“ならでは”の苦悩と挫折から這い上がる力


 偉大な男と同じ姓名を持つということは、周囲の耳目を必要以上に集め、時に不要な感情を産み付けることは想像に難くない。

 名門・東北学院高で2年生ながらエース番号「1」を背負い、熱中症になりながらも投げぬく根性でチームを県大会ベスト8まで導くと、その“名前”も相まって一気に注目を集めた。

 ところが、本人はというと、自分自身で「実力以上」と語ったほどの世間の注目ぶりに惑わされ、悶々と煮え切らない日々を過ごしたと言う。

 そして、「全部が良くなりたいと思い始め、狂い始めました。フォームも崩しましたし、力んで投げていました」と、当時を振り返る。期待に応えようとする責任感が、混乱を招いたのかもしれない。


 理想の投手には藤川球児を挙げ、大学進学後はストレートに磨きをかけた。球速はコンスタントに140キロを超えるようになり、3年春には自己最速の147キロをマーク。大学入学時は描きもしなかったプロの舞台を至近距離に捉えた瞬間だった。

 東北学院大・菅井徳雄監督は、本田について「センスや素材はどうってことがないかもしれないけれど、努力する真面目さは天下一品。努力を苦にしない」と話す。その姿勢はまさに、サッカー日本代表・本田圭佑と重なるところ。クラブチームでは高校年代に昇格できず、星稜高校に進学した彼もまた、挫折と向き合い、圧倒的な努力で成り上がった男である。

 ACミラン加入時、日本のメディアに本田が語った言葉を思い出す。「この世に天才などいない。才能に若干の差はあれど、僕は自分より才能のある選手に勝ってきた。なぜなら天と地がひっくり返るほどの差はなかったから」。努力すれば乗り越えられない壁はない。

 2人の本田圭佑。世界に2つの同姓同名が揃って轟くことを願う。
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