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「球数制限」は「スポーツマンシップ」に則って議論しよう(前編)

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中村聡宏氏は、一般社団法人日本スポーツマンシップ協会代表理事・会長として、スポーツマンシップの普及・推進を通してより良い人を育み、より良い社会づくりに貢献することを目指し、多様な活動を行っている。また千葉商科大学サービス創造学部でも教鞭をとっている。スポーツマンシップの観点から「球数制限」について聞いたインタビューの前編。




■高校野球は、スポーツマンシップを学ぶ場になりうる


高校野球は、本来、スポーツマンシップを学ぶすごくいい場ではないかと思います。トーナメント型のスポーツは、勝利至上主義に陥りがちですが、一方で、1校以外はすべて負けて終わるというシステムは、負けを受け入れることについて考える良い機会になるからです。
しかし実際はみんなが勝ちにこだわるシステムになっていて、スポーツを楽しむことや、勝敗の意味を考えるという教育的な目的は薄れがちです。
確かにスポーツは勝利を目指すものではありますが、その過程で自分をどうコントロールするかが一番大事です。その部分まで理解が及べば本当にいいのにと思います。


■議論が起こることが重要


2018年夏の甲子園では、金足農の吉田輝星投手が過酷な条件で登板しました。
日本中が熱狂しましたが、手放しで喜んでいるわけにもいきません。
「そういう悪辣な状況でやっているからドラマチック」というのは大人の事情で、当然選手の健康面、安全を第一に考えるべきだからです。
もちろん、吉田投手は夏場の炎天下でも耐えられるようなトレーニングをしてきたのでしょう。そして指導者は「それを経験したらどんな不条理にも耐えられる」と思っているのかもしれません。悪辣な環境に堪えうる人材を育成しているのかもしれませんが、「そんな風にしないと強い人って育てられないのか?」とも思います。
ただ、彼の登板や、過去の事例がきっかけとなって「球数制限」の議論が起こっているのは、いいことです。
私は、スポーツマンシップの提言を各方面でしていますが、提言することによって議論が起こることが重要だと考えています。
スポーツマンシップは宗教ではないので、「これが最高で不可侵」と言いたいわけではありません。哲学的なもの、「何かを突き詰めれば背反する結果がでてくるようなもの」なので、そこをどう議論しながら折り合うポイントを探していくことに意義があります。
「球数制限」についても、ルール化すれば解決する問題ではないと僕自身は思っています。でも、そんな意見が出ることで議論が起こる。みんながフラットな立場で意見交換をすることに、すごく意義があると感じています。
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