コラム 2024.02.28. 18:00

日本航空石川と星稜ナインがセンバツ高校野球で被災地へ届ける「一生懸命」

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能登半島地震の被災を乗り越え日本航空石川と星稜が選抜高校野球大会に出場


 今春選抜は元日の能登半島地震で被災した石川から日本航空石川と星稜の2校が出場する。

 日本航空石川は甚大な被害を受けた輪島市内に学校があり、星稜もグラウンドが地割れを起こすなどの被害を受けた。

 選抜出場校が発表された1月26日、選考委員会の辻中祐子副委員長は、北信越地区から出場する3校を読み終えたあとに付け加えた。

「選抜の大会理念には、野球を通じて生徒たちに純心明朗な気風を吹き込むとともに、国民に希望の灯をともしたいという願いを込めて、この大会が誕生したと明記してあります。甚大な被害をこうむった石川県輪島市に所在する日本航空石川高校をはじめ、北信越地区から選考された3校のみならず、全32校の選手たちが希望の灯となるようなハツラツとしたプレーを甲子園で見せてくれることを期待しております」

 石川から選出された2校は、被災した出場校として例年以上に大きな期待を背負うことになるかもしれない。

 ただし、球児が重荷を背負う必要はない。高野連側があえて言及したように、普段通りの「ハツラツとしたプレー」だけで十分に伝わるものがあるだろう。

 選抜出場校発表前の1月中旬、日本航空石川の中村隆監督は、選手が必要以上に重圧を感じる可能性があることについて言及していた。

「そこは難しくて…。もし選ばれたら、僕は一生懸命やれと言いたいです。一生懸命でいいと思う。その先に何かを感じていただけたら嬉しいです」


 星稜の山下智将監督も「一生懸命」と繰り返した。

「とても大変な状況の中で、高校生の部活動でできることは…。うちらができることは今やらせてもらえる野球を一生懸命やることだと思います。苦しい試合も我慢して戦うのがうちの伝統です。地に足を着けて、できることを一生懸命やりたい。自分たちができることを精一杯やりたいと思っています」


「全力で、がむしゃらに一つ一つのプレーに戦っている姿を見てほしい」


 阪神大震災直後に開幕した1995年の選抜大会は、「復興・勇気・希望」をスローガンに開催された。

 被災した兵庫からは育英、神港学園、報徳学園の3校が出場し、県勢3校がそろって初戦を突破するなど地元に勇気や希望を与えた。

 東日本大震災が起きた2011年は、創志学園(岡山)・野山慎介主将の選手宣誓が感動を呼んだ。

「私たちは16年前、阪神・淡路大震災の年に生まれました。今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。被災地ではすべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。人は、仲間に支えられることで大きな困難を乗り越えることができると信じています。私たちに今できること。それはこの大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。がんばろう!日本。生かされている命に感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います」

 被災した東北(宮城)のナインらも懸命に戦い、被災地に全力プレーを届けた。

 今春選抜に出場する日本航空石川は、系列校のある山梨に避難して本番への準備を進めている。

 投手の福森誠也(2年)は輪島市内で被災した。

 親戚10人で集まっていた祖母の家は、天井が崩れ、家財が散乱した。

「津波が来るぞ!」との叫び声が聞こえ、転倒して腰を骨折していた祖母の舞子さん(66)を背負って高台に逃げた。

 避難所での初日はせんべい1枚を親戚10人で分け合い、その後も続いた避難所生活では掃除や炊き出しの準備などボランティア活動に励んだ。

 山梨入り直前には避難所の人たちから「頑張ってこい」と背中を押され、選抜に向けて気持ちを切り替えた。

「全力で、がむしゃらに一つ一つのプレーに戦っている姿を見てほしいです。学校がある輪島で災害が起きた。自分たちの頑張っている姿で被災地の方が何かを思ってくれるのであれば嬉しいです」

 特別な春だとしても、高校球児に求められることは何も変わらない。ひたむきに、一生懸命な姿を見られる春が間もなくやってくる。


文=河合洋介(スポーツニッポン・アマチュア野球担当)
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