コラム

首位を守る気迫の中継ぎ投手――「雄叫びの右腕」森唯斗(ソフトバンク)

マウンドで躍動する小柄な右腕は漁師の父親を手伝った孝行息子!


 開幕から首位を独走したオリックスをとらえ、首位に立ったソフトバンク。ここから一気に差を広げ、優勝を確実にしたいところだろう。
昨季、4位に沈んだチームは、昨秋ドラフトで1位から3位までを社会人投手で固めた。「即戦力の投手が欲しい」という、その期待に見事に応えているのが、中継ぎとしてマウンドに立ち続けるドラフト2位の右腕・森唯斗である。

 175センチ77キロ(球団HPより)のがっちり体型。胸板が厚く、尻が大きく、太もも周りが太い。上背はないが、全身を使って真上から投げ下ろすオーバースロー。145キロ前後の威力あるストレートと、フォークなど落ちる変化球で空振りを奪う。リリースの瞬間「ウリャ!」「ウッシ!」など気合の声を発し、抑えきってマウンドを降りるときは、ガッツポーズをして雄叫びを上げる。そんな姿に魅了されるファンは多く、YouTubeには「気迫のピッチング」「見てて気持ちイイ投げっぷり」といったタイトルの動画が投稿されている。

 森は1992年1月生まれの22歳。徳島県出身で、海陽町立浅川小学校1年で野球を始めた。将来の夢を書く際は「プロ野球選手」と書き続けていたという。

 海陽町立海南(現・海陽)中学校では、軟式野球部に所属。全国大会出場など派手な記録は残っていないが、当時、全国中学校軟式野球大会は出場枠が16校(現在は25校)、四国の出場枠は1(現在は2)という狭き門。名門・明徳義塾中学校(高知)がある四国はレベルが高く、全国屈指の激戦区のひとつだった。

 中学卒業後は、徳島県立海部高校へ。甲子園には届かなかったものの、3年春の県大会で県内ナンバーワンといわれた投手と互角に投げ合い、注目を集めた。当時の野球専門誌によると、ボディサイズは174センチ67キロ。「県南ナンバーワン右腕の呼び声高く、制球力抜群でストレートを主体に気迫の投球が光る」と紹介されている。

 なお、野球部引退後は漁師の父親の手伝いをしていたそうで、「県大会で負けてから毎日のように漁に出ていました。網は意外に重いです」と振り返る。揺れる船の上で重い網を扱う日々。たくましい体のルーツがここにあった。


初めての「日本一」を目指し雄叫びを上げて投げまくる!


 高校を卒業すると、社会人の三菱自動車倉敷オーシャンズへ。2年目の2011年、投手陣の中心だった田原誠次が巨人に7位指名されてプロ入り。身近な人が夢をかなえる姿に「自分にもチャンスがある!」と発奮したという。体力トレーニングにも積極的に取り組み、徐々にレベルアップ。3年目の2012年から先発を任され、投手陣の柱となった。

 その年4月の大会の様子が、野球専門誌で紹介されている。ボディサイズは173センチ73キロ。「肩がめちゃくちゃ柔らかい。上背はなくても、きれいなオーバーハンドから『オッリャー!』。雄叫びもろとも若者らしく、躍動感抜群の投げっぷり」「前日先発して中盤まで投げた疲れもまったく見せず。目測140キロ前半の速球と、同じ腕の振りからのフォーク」「若さあふれる熱投に胸のすく思い」……数々の賛辞は、現在の姿に通じている。

 翌2013年の都市対抗予選では、第1代表、第2代表決定戦と連続してサヨナラ負けのマウンドを味わう悲劇に見舞われた。それでも、予選期間8日間で45回を投げ抜き、心身のタフネスぶりを披露。伯和ビクトリーズの補強選手に選ばれ、東京ドームのマウンドに立った。これが森にとって、初めての「全国大会」であった。

 その頃には、スカウトの評価は定まっていた。秋のドラフトで、ソフトバンクが2位指名。ついにかなえた幼い頃からの夢。マウンドでは強気な森が、「いろんなことが頭に浮かびました」と涙を流した。

 今春キャンプは2軍スタートも、途中で1軍昇格。5月11日の西武戦でプロ初登板を果たすと、「ケガ知らず」と自慢の体でマウンドに立ち続けている。憧れと公言していた摂津正が思うように投げられない中、今やチームにとって欠かせない存在に。ドラフト時、「闘争心のある投手が欲しかった」と語っていた秋山幸二監督も、その姿に眼を細めているだろう。

 ペナントレースの後はCS、そして、日本シリーズもある。初めての「日本一」を味わうため、見ている者をスカッとさせるため。これからもプロらしく、気迫あふれるピッチングを見せてほしい。

文=平田美穂(ひらた・みほ)
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