白球つれづれ2022~第4回・球界変革へ「提言だけでなく行動」
新春早々、野球界にビッグなニュースが飛び込んできた。
米大リーグ、ピッツバーグ・パイレーツに所属する筒香嘉智選手が郷里である和歌山県橋本市に私費2億円を投じて夢の新球場を建設する事が発表されたのだ。
名付けて「TSUTSUGO SPORTS ACADEMY」(筒香スポーツアカデミー)。約3万平米の土地に、内外野天然芝の本球場とサブグラウンド、室内練習場を併せ持つ、本格的なスポーツ施設で今年中に完成予定。まさに日本版「フィールド・オブ・ドリームス」が現実のものとなる。
「今まで子供たち、野球界に対する提言をさせていただきましたが、提言だけでなく、自らが行動することで何かが変わるきっかけになれば」と施設建設の動機を説明した筒香は「野球に限らず、将来への基礎を作って欲しい。自分で考えて行動し、決断できることも学んで欲しい」と人間形成の場とする理想に言及した。
これまでも個人の名を冠した野球場は、長嶋茂雄記念岩名球場(千葉・佐倉市)や津田恒実メモリアルスタジアム(山口・周南市)などがある。だが、私財を投じて、今後の運営や施設の維持、管理まで全面的にかかわっていく例はない。そこにも筒香の本気度がうかがえる。
ベイスターズ時代から、子供たちが野球を楽しみ、成長できる環境の必要性を訴えてきた。
2018年にはイベントの席で、アマチュア球界の勝利至上主義からの脱却に声を挙げる。その後もある時は「将来ある子供たちを守るには一発勝負のトーナメント方式を辞めて、リーグ制を導入する」。「ルールで球数制限や練習時間を決めたりする必要がある」と発言。
また別の席では金属バットの弊害に触れて「重さや直径だけでなく、反発係数の規定を設けるべき」と、現在の指導法から練習法や大会のあり方まで、変革の必要性を語り続ける。こうした延長線上に、今回の「提言だけでなく行動」に至ったわけだ。
筒香の野球観を変えた「原点」
決して器用な男ではない。むしろ不器用な範疇に属すかもしれない。
鳴り物入りでベイスターズにドラフト1位で入団するが、レギュラー定着までに5年の歳月を要した。侍ジャパンの四番を任され、満を持してメジャーに挑戦したのは20年のこと。だがここでも、異国の野球に順応できずにレイズを途中解雇、その後もドジャースで結果を残せず、ようやくたどり着いたパイレーツで本来の打撃を取り戻した。
山あり、谷ありの生活の中で「原点」を見出したのは2015年。ドミニカにわたって参戦したウィンターリーグでの体験だったことはよく知られている。
メジャーの卵たちは目を輝かせて白球を追う。三振をしても、エラーを犯しても指導者たちは頭から叱り飛ばすことはせずに、長所を伸ばそうと教育する。街を歩けば、少年たちが貧弱な環境をものともせずに、楽しそうに遊んでいる。管理の進む日本のアマチュアとは全く違う景色が、筒香の野球観を変えていった。
それ以来、「モノ言う野球人」筒香が誕生する。
筒香スポーツアカデミーでは、少年野球チームの設立も決まっている。シーズン中は米国生活の続く本人に代わって、実兄の裕史さんがアカデミーの運営から施設の維持管理も担うと言う。一家あげてのビッグプロジェクト、その先にはどんな理想のチームが誕生するのか、興味は尽きない。
真価が問われる勝負のシーズン
昨年オフ、筒香はFA権を行使せずにパイレーツと1年契約、年俸400万ドル(推定4億4千万円)と報じられている。パ軍に移籍後の8月以降は43試合の出場で打率.286、8本塁打、25打点と長打力と勝負強さも戻ってきた。球団では複数年契約を用意したが、あえて1年契約とした裏には更なるステップアップを目論む自信もあったはず。30歳、ここからが勝負のシーズンを迎える。
昨年の日本人メジャーリーガーはエンゼルスの二刀流・大谷翔平選手の独壇場だった。ダルビッシュ有(パドレス)や前田健太(ツインズ)投手は故障に泣き、野手ではレッズの秋山翔吾選手がメジャー生活の瀬戸際に立たされている。筒香にとっても気の抜けない競争の日々は続くが、輝きを取り戻した打撃は不安より楽しみの方が大きい。
公私ともに充実の春。筒香の「フィールド・オブ・ドリームス」は、まだ始まったばかりである。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)