コラム

崖っぷちからの大復活を果たしたベテランたち

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リーグMVPに輝く活躍を見せた広島・新井貴浩(C)KYODO NEWS IMAGES

記録ずくめの年をMVPで締めくくり!


 2016年、セ・リーグの最優秀選手(MVP)に選出されたのは広島・新井貴浩だった。

 大ベテランがプロ18年目での初選出。39歳での受賞は、門田博光(南海/1988年)の40歳に次ぐ高齢記録だ。それだけ年齡を重ねてきているだけに、過去には選手として崖っぷちに立たされたこともある。

 阪神時代の最終年となった2014年には、マウロ・ゴメスの加入によって三塁の控えや代打に甘んじたこともあり、出場機会が激減。出場試合数は前年の140試合から94試合に減り、打率.244、3本塁打、31打点はいずれも阪神移籍後の7年間で最低の数字に終わった。

 すると2015年、推定年俸2億円から2000万円への大減俸をのんで広島に復帰。出場機会を求めての古巣復帰だったものの、当初は代打での起用がメインになるものと思われていた。

 ところが、運が新井を味方する。助っ人勢の相次ぐ故障もあって4月半ばから4番に定着。気迫あふれるプレーで若い後輩を鼓舞し、黒田博樹とともに投打の柱となる。

 そして迎えた今季、シーズンを通して中軸を担い、計132試合に出場。打点ランキング3位の101打点を記録するなど、ベテランらしい勝負強さを発揮し、チーム悲願の優勝に大きく貢献。個人としても通算2000安打に300本塁打、1000得点と節目の記録達成ラッシュに加え、最後にはMVPという大きな勲章も掴んだ。

 まさに、崖っぷちからの大復活...。例は多くはないものの、この新井と同じように“引退説”さえささやかれるような状況に追い込まれながらも、復活した選手は他にもいる。



来季からは虎の主将に


 2013年から2年間、新井とチームメートだった阪神・福留孝介もそのひとりだ。

 5年間のメジャー挑戦を終え、2013年に阪神へと入団。鳴り物入りでの日本復帰だったものの、開幕早々に左膝を痛めて手術を余儀なくされるなど、相次ぐケガにより出場は63試合にとどまり、打率.198、6本塁打、31打点というふがいない成績に終わった。

 さらに翌2014年には、開幕3試合目の巨人戦で飛球を追った際に二塁手の西岡剛と激突。その影響もあってか、開幕直後から打率は1割台に低迷し、阪神移籍後初めて不調での二軍降格も経験した。期待値も高かっただけに、目に見えて下降線を描く成績に「福留は終わってしまうのか……」と嘆くファンも少なくなかった。

 ところが、2015年に打率、本塁打、打点の打撃3部門でチームトップの数字を残すと、今年は首位打者を獲得した中日時代の2006年以来となる3割台・打率.311を記録。打率ランキング5位に食い込んだ。

 天才と称された打撃の完全復活を印象づけ、守備でも随所で存在感を発揮。40歳の大台に乗る来季からは主将としてチームを引っ張ることが決まった。


復活劇と言えばこの人...


 ほかにも崖っぷちから復活を果たした選手といえば、絶対に外せないのが山崎武司だろう。

 オープン戦から不調だった中日時代の2002年。首脳陣との確執も重なり、出場機会はほとんどなかった。26試合で打率.192、2本塁打、5打点に終わると、自らトレードを申し入れてオリックスへと移籍する。

 ところが、オリックス移籍後2年目の2004年には再び首脳陣との衝突があり、62試合で打率.245、4本塁打、20打点と低迷。打率.232ながら22本塁打を放って復活を印象づけていた前年から大きく成績を落としてしまった。

 戦力外通告を受け、自らも引退を考えたという山崎であったが、高校の先輩でもある工藤公康らの説得もあって現役続行を決意。翌2005年からは新規参入した楽天へと移籍した。

 すると、これが山崎の人生を一変させる。きっかけとなったのが当時チームを率いた野村克也氏との出会いだ。

 楽天移籍から3年目になる2007年、持ち前の長打力が復活。開幕からアーチを量産し、終わってみれば43本塁打、108打点とキャリアハイの数字をマーク。39歳のシーズンにして11年ぶりの本塁打王と、初の打点王に輝いた。これらは新井のMVPと同じく、門田の40歳に次ぐ歴代2位の高齢記録である。

 どこのチームにも、失いつつあるかつての輝きを再び取り戻そうと奮闘しているベテランたちがいる。

 “崖っぷちからの大復活”は決して簡単なことではない。だが、新井らに続く可能性も大いにある。来季はどんな復活劇が見られるだろうか。

文=清家茂樹(せいけ・しげき)
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