天才打者に起こった“異変”
どんな強打者でもスランプはある。どんな天才でも悩み苦しむ時はある。とは言え、あのイチローのバットがここまで湿ってしまうとは…。
現地時間7月8日(日本時間9日)のボストン。ようやく世界の安打製造機にメジャー通算2887本目のヒットが記録された。この時点で3000本安打まであと113本、今季のペースでいけば来年には新たな金字塔が達成されそうだ。
もっとも、この1本の安打が生まれるまでが大変だった。
実に約3週間、34打席にわたりノーヒットの屈辱。自己ワーストを大幅に更新することになってしまった。
新天地・マーリンズでの再出発は心地のいいものだった。日本で行われた入団発表には、わざわざ球団首脳がこぞって来日するなどまさにVIP待遇。外野陣には若手の有望株が揃っているお家の事情もあり「4番目の男」としての契約であっても覚悟の上だ。
スプリングキャンプでは、その若者たちがレジェンドに尊敬のまなざしで接してくれる。ヤンキース時代がお客様ならマーリンズでは王様気分?メジャー15年目の春は主役復活すら感じさせるものだった。
開幕を迎えると、いきなり出番がやってきた。正左翼手のイエリッチが不振で出遅れたこともあり先発出場、控えに回っても代打として結果を残し、6月中旬まで打率は3割に迫るところまで来ていた。それが突如の急ブレーキ。一体、何が起こったのか?
本人が多くを語らない以上、推測になる。まず、第一は体調不良だ。この時期、親しい知人には「足がパンパン、あちこちが痛い」と漏らしたとされる。イチローと言えば故障知らずの鉄人としても知られるが、誰よりも体の手入れを怠らないプロフェッショナルにしても、体あっての技術ということだろう。
第二は41歳という肉体そのものの衰えである。シアトル・マリナーズ時代の2004年には年間262安打を記録。ジョージ・シスラーの持つメジャー記録を塗り替えたが、当時を振り返るとともかく俊足を生かした内野安打が多かった。
全盛期は一塁までの到達時間が3.7秒~3.8秒だったのに対し、今は4.2秒前後。それに加えて相手球団がイチローの打球方向を研究し尽くしてきたこともある。
さらに個人的に気になるのは動体視力の衰えだ。この数年、打席上で目を細めるような仕草が増えているのをご存知だろうか。160キロ近い速球を18.44メートルの中で仕留めるのに動体視力の衰えは致命傷。過去にも多くの選手が引退に追い込まれている。
いずれにせよ、イチローの今後の動向は一年一年が勝負であることは間違いない。すでにマーリンズ内外においても残留、契約更新説と移籍説が囁かれている。前者はジャパンマネーまで当て込んだ物で、後者はこの球団が過去にもスクラップ&ビルドを繰り返してきた歴史を指摘する。
「3000本近いヒットを打っても7000本近い打ち損じがあるということ。僕はそっちの方を突きつめていきたい」。過去に語られたイチロー語録である。たかが35打席ふりのヒットなのか、されど35打席ぶりなのか?まだまだイチローの一挙手一投足から目が離せない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)